2010年12月6日

男性とは

「男性失格」

俺がこのブログを作ったのは確か検査入院したあと、医者に「性腺機能低下症」の診断書をもらったのがきっかけだった。親に説明するために必要だったのだ。まあ、今でも俺の親はちゃんとはわかってないようだが。とにかく、俺がこのブログにこのタイトルをつけたのはこの日の記事に
まあ何はともあれ俺はこれで種無し不能男としてお墨付きをもらったわけだ。
 と書いているように「種なし不能男」=「男性失格」と認識していたからだ。多少、オーバーに表現してのこれだろうけどね。(ちなみに「人間失格」は病気とは関係ない俺自身の自虐ですからね、念のため)

この時俺は男性になることをめっさ夢見ていた。ここで言う「男性」とは。筋肉隆々、髭もあり、声変わりを当たり前に済ませ、陰毛があり、性欲もあり、子どもを作ることが出来る、そういった意味だった。

ところが治療が順調路線でその「男性」に多少なりとも近づきつつある今、俺は今戸惑っている。俺は今までの自分の不運とか不器用とか悪い性質だとかそういったものが全てそれに多少なりとも関係していると思い込んでしまった。その空想にすがってしまったと言ってもいいだろう。治療をすれば劇的に変わるはずだ、と。そして治療をしてこうなって気づいてしまった。たしかに外見は変わった。二次性徴というのはすごいものだ。ただ、内面は全く変わらなかった。俺は俺のままだった。当たり前だ。

そして、前と変わらない内面から、変わってしまった自分の外見を見たとき、違和感を覚えた。俺はこうなることを本当に欲していたのだろうか、と。「男性」となることを「男性」を夢見るがゆえに欲していたのは確かだ。「友人たちと温泉に入りたかった」、くだらないけどこれは本心から出た言葉だ。でもそれは自分の体を不可逆的にこうまでして変えてでも叶えたかったことなのだろうか。。。

これは性自認が揺れてるわけではない。俺は男性だ。ただ俺にとっての男性の定義は別に筋肉とか髭とか陰毛とか精子とかそういったものがあるかないかによって決まるものじゃない、そういうことだと思う。ならお前の言う男性と女性の違いはなんだ、と言われれば困ってしまうけれど。

人によって男性の定義は違う。考え方が違う。「生物として生まれてきた以上子孫を残すのが責務」と言われれば薬を用いて俺は「生物失格」から「生物」となるだろう。「そもそも男と女の区別はない。性はグラデーションだ」と言われれば俺はただのそのグラデーションの中の一点だろう。社会の枠組みで言えば俺は100%男で、戸籍や免許証や学生証やその他もろもろに俺は「男」であると宣告されている。そして俺自身は俺を男だと認識している。

俺にとって男とはなんだろう。女とはなんだろう。考えている。たぶんどうでもいいのだろう。